渡辺 陽一さん 印刷業を通して考える地域の価値

雑誌やフリーペーパー、広告やポスター、ビラなど。いわきのあれこれを伝えよう、形に残そうと思うほど、私たちは「紙」や「印刷技術」というものと無関係ではいられなくなります。そんななか「プリンティングディレクター」という新しい領域を開拓し、いわきの地産クリエイティブに新しい流れをもたらそうという人がいます。植田町にある植田印刷所代表の渡辺陽一さん。印刷業を通じて見えてくるクリエイティブ、そして地域の価値についてお話を伺ってきました。

取材・文・写真/森 亮太(mogura)

 

Shiome Creators File no.1
渡辺 陽一 さん
印刷業を通して考える地域の価値


 

−現在の活動について教えてください

渡辺:最近印刷物を作るって時に企画から入ることがすごく多くて、だから印刷屋の営業っていう肩書きよりプリンティングディレクターと名乗っています。プリンティングディレクターというのは、本来は紙質の提案とか、デザイナーさんから言われて紙質の提案とか、仕上がりに対して責任を持つ立場なんですけど、それに加えて、企画や印刷物を作る時に誰に向けて作るとか、そういうのをやっていきたいなと。

というのも、印刷物って先細りって言われているじゃないですか。今はネットとか使っちゃえば普通にできちゃうわけですよ。この先紙媒体がどうかっていう話もあったりもしますよね。紙自体使わなくなるんじゃないかという。残す価値があるものじゃないと、印刷という手法を使わなくてもいいなって。

印刷物には重みがあったりとか、めくる感覚があったりとか、エンボスがかかっていて立体的に感じられることとか。そういう対インターネット、webとかを考えると、モノとしての価値を極めていかないと、印刷物って普通になくなっていくと思っていて。

その上で、誰に届けたいか、こういう人に届けるためにはどういう表現にしたらいいかとか。そういうとこを考えていかないと。表現っていうのは紙もそうだし、写真の内容とか、守備範囲を広くとっていかないと、印刷物さえもなくなっていくんじゃないかという危機感を持ってやっているんです。でも、それがすごく楽しい。

もちろん、印刷屋なので普通にデータをもらって、色とか紙質とかこだわってちゃんとした物を納品するんだけど、もっといいもん作れるんじゃないかっていつも思ってます。企画から入ると手間は相当かかるけど、ここ4年くらいは意識してやってきてますね。印刷所の営業の仕事をするなかで、そういうスタンスでやっていくほうがいいんじゃないかと思い始めて。そういう方が自分も面白いし。

 

見本紙
だいたいの紙は触ればわかると渡辺さん。似たような紙質でも発色が全然違うのだ

 

 

−どのような経緯で、今の仕事に就かれたんですか? これまでの経歴なども含めて教えてください。

渡辺:いわきには、震災後2012年9月に戻ってきました。いわきに戻る前は東北新社でテレビCMのプロデューサーをやってました。いずれは家業継がないとなっていうのはあって。きっかけは震災があって見通しがつかなくなって。そこから頑張るかって話になった時に、東京で頑張るよりこっちに来たほうがやることあるんじゃないかと思って帰ってきたんです。

東京時代、紙への関心は全くありませんでした。印刷をやりたいとはその頃は全く思ってなかったんだけど。CM作りと印刷はお客様が求めるものを形にしていくところが似てるなと思ったわけですよ。意向を汲みつつ、それ以上のものにアイデアで仕立てていく、そういう過程が。ゆくゆくは家業を継ぐと思ってたし、帰ってみたら今までやってきたことと似てるし。無理なく印刷業に転換できました。

ウェブサイトに書いてある「情報が形をまとう優位性」、あの言葉を夜な夜な考えたんですよ。形があるってことはすごいことだと思うので。結局、残るってこと。良くも悪くも形に残るので、ゴミみたいなものを残してもダメなんですよね。残しておきたくなるようなものを頭使って作っていく、というか。

 

古滝屋320周年冊子
いわき湯元温泉の老舗旅館「古滝屋」の320周年誌。植田印刷所の技術の粋を集めて制作された。特徴的な表紙はブンペル紙を使用し、全体で5種類の紙を使用している。タイトル部分は活版印刷で紫の半押しをし、おぼろげな雰囲気を出した。ブンペル紙にインクを載せるのは高度な技術が必要で、印刷中ずっと機械に張り付いていたと渡辺さんは話す。

 

−印刷の仕事をするうえで、絶対に負けないぞ、というところ、こだわっているところはどこですか?

渡辺:紙にインクが乗った時って、一般の人がモニターで見てもわからないんですよ。下手したら印刷屋の人もわからないかもしれない。そういうところを、わかるようにして選んでもらうというか、デレクションが大事なんです。こだわり出したら際限ないですから。それはクライアントの意向次第でもありますよね。チラシみたいな紙ではやりたくないとか、発色を綺麗にしたいとか。その意向を汲んで提案をするのがプリンティングディレクターの仕事だと思っています。

でもまあ半分趣味みたいなものですよね。自分が納得いくようなことというか。色も紙質も印刷方法もいろいろあるし。それによって発色も全然違うし。全部バシッとできる仕事もそんなにあるわけじゃないけど、形になった瞬間は最高ですよ。すごくやったった! みたいな感じで。

 

印刷工場
職人肌な渡辺さんのお父様。渡辺さんは、2016年に植田印刷所を父から受け継いだ

 

笑う渡辺さん
仕事の合間を見つけて、気さくにインタビューを受けて頂いた

 

−東京の現場の最前線からいわきに来て、地元のクリエイティブはどう見えていますか?

渡辺:東京でできないことがいわきでできると感じてます。テレビCMとかでもそうなんだけど、例えばクライアントがガシッとこういう方向で、こういうタレント使って、こういうトーンでCM打ちますっていう話になるわけですよ。代理店もガシッと輪郭を削ぎ落としていって。私はプロダクションにいたんですが、プロダクションに来る頃には完全に絵コンテがあってこういうカットがあってと、ほぼ形ができあがってるみたいな。

地方の面白いとこっていうのはそういう決め込みが少ないところ。悪い意味でいうと発注がざっくりしてる。その至らなさというのは逆にいうと最終的に形を作る印刷屋としては自由度でしかないんです。そこに自分の意思を差し込んでいけるっていう自由度がある。そう考えると、地方おもしれえなって思うんですよね。テレビCMとかも最近は地方の方が面白かったりとかするし。

その意味でも守備範囲が広くないとダメ。職種がどうこうっていう話じゃなくなってきていて。本当に肩書きじゃなくて、その人が見てきたものとか、思ってることっていうのが最終的な形になってくるので、そこがやっぱり面白いですよね。誰が作っても一緒ってならないから。

そういう意味ではいわきで人にはすごく恵まれてるなって思いますね。今ディレクターとして関わっている、いわき市の地域包括ケアのメディアに「igoku」というものがあるんだけど、一見するとありえないようなものを世の中に出せるって感覚が強くて。その自由度だけで突き詰めていけば、けっこう面白いもんできんじゃないかなと思ってます。いわき、捨てたもんじゃないですよ。

 

氏名 渡辺 陽一(わたなべ・よういち)
地域での活動 いごく編集部プロデューサー、「奏でるマルシェ」実行委員長、うえだ商店会役員
プロフィール 株式会社植田印刷所 代表取締役/プリンティングディレクター。1978年いわき市植田町生まれ。高校卒業後上京。大学在学中にスペースシャワーTVにて映像制作に触れる。卒業後、㈱東北新社にてTOYOTA、JR東日本、サントリーなどのTVCM製作に携わる。震災の翌年にいわきに戻り、ゼロベースで印刷表現の可能性を探る。現在、植田町の音楽イベント“奏でるマルシェ”のプロデュースほか、いわき市地域包括ケア推進課の情報発信事業“igoku”にてディレクターを務める。総じて “企み”や “情報”といった無形のものを形に起こすことを生業としている。
所属先 株式会社植田印刷所
〒974-8261 福島県いわき市植田町中央2-6-5
0246-63-3168
ウェブサイト http://ueda-printing.com/