いわき市・植田の駅前、交差点の角の建物に、いわきでは珍しい自然派ワインを扱うビストロがあります。”ビストロ アンティカ”と名付けられたそのお店を経営するのは丹 典彦さん。もともとご両親が経営されていた酒屋を継いだという丹さん。そんな丹さんがなぜ自然派ワインと出会い、ビストロを開くまでに至ったのか?「自然派ワインは人をつなぐ力がある」という丹さんにお話を伺ってきました。
取材・文・写真/久保田 貴大(ヘキレキ舎)
丹 典彦さん
自然派ワインで自らを表現し、人と人を繋げる
―丹さんは「自然派ワイン」を軸にこちらの”ビストロ アンティカ”と酒販店の”古川クラ酒店”を営まれていますよね。まずはこちらのふたつのお店の紹介をお願いします。
まず、古川クラ酒店は僕の両親が元々経営していたお店です。ちょうど20年前、父が急逝して、母が店を誰かに譲ってしまおうかと話をしていたところを「だったら僕がやるよ」といって継ぐことになりました。
それからしばらく街の酒屋さんとして、飲食店への配達や店頭での販売といった営業スタイルで10年くらいやっていました。そんななか、酒屋として自分らしいものを表現したいなと考えていたとき、自然派ワインと出会ったんです。
それからは自然派ワインと福島の地酒を扱うネットショップ”双兎”をオープンし、2018年にはこちらの”ビストロ アンティカ”をオープンしました。
アンティカは、対面販売では伝えきれない自然派ワインの魅力をお伝えしたり、逆にお客さんから生の声を聴いたりといった行為を通して、お客さんと自然派ワインを共感できる場にしたいなと思って始めました。
お店のカウンターにはたくさんの自然派ワインが並ぶ
―そもそも自然派ワインとはどういったワインなんでしょうか?
実はひとくちに「これが自然派ワイン」という定義はなくて、酒屋さんによっても捉え方が違うんです。大まかには減農薬のリュット・レゾネ、無農薬のビオ・ロジック、月の満ち欠けに合わせた農法のビオ・ディナミの三種類があります。僕はこのうちビオ・ロジックとビオ・ディナミの二つのうち、醸造中もなるべく人為的介入が少なく、化学的なものに頼らないものを自然派ワインと呼んでいます。
僕の友達に生木葉(なまきば)ファームっていう農家さんがいるんですが、そこの娘さんが書いてくれた落書きが自然派ワインを的確に表してくれてます笑。 健全なブドウをそのまま発酵するという。
自然派ワインの概念を表した落書き。可愛らしい絵に自然派ワインの理念が表されている。
僕は初めて自然派ワインに出会った時、正直、「これで商品として出していいんだ」って思いました。元々酒屋をやっていたからワインの知識は多少あったんですが、「これって誰がどう判断するの?」って笑。
今でこそ作り手さんの技術や醸造技術が発展した分があるので、昔よりはより良いものになってますけど、僕が始めたころはもうほんとにどぶっぽいにおいがしたりとか笑。 微生物が殺されないままボトリングされていて、生き物の自由な感じが出ていました。
―なぜそんな自然派ワインに惹かれて行ったんですか?
いろいろな生産者さんのワインを自分で買って飲んでいく中で、手作りの感覚にハマっていきました。ぬくもりっていうんでしょうか。それがいちばん強くて。それに、作り手さんを調べていくうちに「あ、こんな人もいるんだ」って、どんどんその人たちの生き方にも惹かれていきました。
あと、自然派ワインの不思議な魅力の一つに「人がつながる」っていうのがあります。僕のお店では「満月ワインバー福島」というイベントをやっているんですが、そうしたイベント等を通して本来なら知り合えなかったような人たちと知り合うことができています。
満月ワインバーの看板。福島県内でここにしかない。
―満月ワインバーとはなんですか?
元々鎌倉発祥のイベントなんですけど、震災後、日本全国が低い気持ちになっていたときに、鎌倉のお店に集まった仲間で「同じ満月の下でワイン飲めたらいいよね」っていう思いから始まったんです。
満月ワインバーの看板は商標登録されていて、看板を持てるお店は認定制になってます。例えば福島県内のどこかのレストランが満月ワインバーをやりたいという時は、僕があの看板を持っていかないと開催できない、という風になっています。
福島県内にも自然派ワインの動きを応援しながらレストランやっている人たちもいて、満月ワインバーの開催の要望があれば、あの看板とワインを持ってその人のところへ行くんです。その人たちとは本当にお友達感覚で付き合っているんですけど、ワインのセレクトや料理は本気でやります。福島市でやったときは本当にたくさんのお客さんが来てくれました。
満月ワインバーをやるお店はけっこう個性的なお店が多いです。なかには毎月のようにdancyuや料理通信といった雑誌に載っている人もいたり…
海外の生産者さんが満月ワインバーに来ていただく機会もあって。満月ワインバーのオリジナルのTシャツを持ち帰って農作業の時にそれを着てるというような感じで笑。
そういった人たちと知り合えるのも、自然派ワインを通してですから。本当に不思議な魅力がありますよね。
一本のボトルに詰められたワインが、人と人を繋げるのだという。
―先ほどお話にもあったように、丹さんはもともとご両親が経営されていた酒屋さんを引き継ぎ、ワインをはじめとしたお酒に関わるようになったとのことでしたが、酒屋さんを継がれて、ビストロを開くまではどのような経緯があったんですか?
もともとは酒屋を継ぐつもりは全くなかったんです。東京の大学に行って、アパレル業界で仕事出来たらいいなくらいの感じでした。笑
そんな時に父の具合が悪くなったと聞いて、そしたら入院して一か月くらいで急に亡くなっちゃったんです。頭が痛くて最初は風邪かと思ってたら脳腫瘍でたった一か月で…
で、母とお店をどうしようかという話をした時に、母が誰かに譲ってしまおうと話していたので、それなら自分が継ごうと思って25歳で酒屋を継ぐことになりました。
最初は今までやってきたこととは全く畑違いの世界だったので、お酒の勉強も一からしました。そうやって戻ってきてから5年くらいは、一般的な酒屋さんと同様に、居酒屋やスナックから注文を受けて配達しに行くという営業のスタイルでやってました。
でも、こういうやり方は自分以外でもできるんじゃないかってある時から思うようになってきて。そうやって考えたり悩んだりしていたときに出会ったのが自然派ワインでした。
自然派ワインは出会った時に自分の心の中にスッと入ってきて、もう何の違和感もなく、売れるかどうかなんてわからないけど、これでずっとやってみたいと思えたんです。
思い悩んでいた時に出会ったのが自然派ワインだった。
―なぜそう思えたんでしょうか?
自然派ワインをやりだした頃、アパレルの会社にいたときに知っていった、コムデギャルソンの創始者の川久保玲さんのショーをなぜか見だしちゃって。
ショーの前半は男性が一般的なスーツを着ているんですけど、後半になると、そのスーツを裏返しで着るんです。そして、そのスーツの裏面には花のようなフリルがあるという。
これはつまり、普段社会で生きて行く男性が、自分を常に磨いて心の中に花がなければダメだと。磨いていたものはいつか必ず外に出る時があるからと。そういうメッセージなんです。
自然派ワインにはいろんな自由なラベルがあって、それを見た時にこのショーのことを思い出したんです。自然派ワインという、生産者のぬくもりが詰まった生々しいものを通して、自分の内側を鍛え、お客様に表現できるんじゃないかと思って。
普通のワインだと、シャンパーニュはどうだとか、真面目に勉強しなきゃって思うんですけど、そういうのはあんまり頭に浮かばなかったんですよ。
それよりも、自然派ワインが持つ生々しさ、例えば、生産者さんに離婚とか、死別とか、そういう悲しい出来事があった年のワインって「去年あんなにおいしかったのに今年はなんで…」っていうこともあるんです。そうした知識だけじゃない、生の情報をお客さんとともに楽しむことの方がいいなって。
自然派ワインは自らの内面を表現する手段だという。
―ストーリーがあるからこそ、お客さんと共有できるものがあるんですね。
そうですね。お客さんも自然派ワインを飲みに来ることを楽しんでる方が多くて、キャッチボールしやすいっていうか。最近は「キュンキュンするのください」とか、そういうことを言う人も現れてきて。笑
ワインに詳しい人が集まってうんちくを楽しむというよりは、いろんなことをしている人たちが集まって、映画の話とか、世間話をしている空間に自然派ワインがあるっていうのが僕の理想で。そういう人のエネルギーがギュッと集まった場を提供できればと思っています。
―新型コロナウイルスの拡大で、お店はしばらくテイクアウトのみの営業をされていましたが、今後は人が集まる場としてのお店をどのように展開されていきますか?
基本的には今までと変わらず、自然派ワインを通して、人の気持ちがなんとなく近づけるような場を作れたらと。そうやって芯は曲げずに、注意するべきところは注意して、感染者を出さないように普段の営業に戻していけたらと思っています。
あとは、この自粛期間中はいろいろ考えるいい機会にもなって、もっと今までより強烈な個性を出してもいいのかななんてちょっと考えたりもしてます。
“ビストロ アンティカ”はコロナウイルスの影響で、しばらくテイクアウトのみの営業となっていた。
―強烈な個性とは?
今まで、お店としてお客様目線っていうのを気にしていたんですけど、それって本当にいいことなのかなって。もちろんお客様を大切には思っているんですけど、自分たちの目線に対価を払ってもらうようなお店が植田にも一個くらいあってもいいのかなと思いました。
自然派ワインを通して出会った人たちには面白い人がたくさんいるので、お店はそういう人たちの生々しさが出るような、表現の場であってほしい。そうした表現に触れることによって、その場に居合わせた人のライフスタイルにちょっとでも影響があれば、普段の何気ない気付きにも楽しみが生まれるかなと思って。
―そうした表現の場を提供する丹さんとして、お店がある植田の街がもっと面白くなっていったらいいなとか、そういった思いはありますか?
そうですね、もっと地元が盛り上がってほしいです。だから、まず自分のお店を面白くしたいなって。なんかあそこの親父いっつもワインの事しゃべってるよ見たいなことを小学生に言われるくらいのほうがいいなって笑。
この街で酒屋とビストロをやるっていうのが、この街に強烈に根付いて暮らしていくということだと思ってます。地元を盛り上げようと思えば、まずは自分がやっていることに魅力がないとなと。
自分ができることをやって、「あ、植田にこういうお店があるんだ」って、「こういう人がいるんだ」って、思ってもらう。そこから人がつながっていくのかなって感じています。
そして、僕以外にも魅力をもった人がどんどん増えて行けば街が面白くなっていくんだろうなとは感じています。
シェフを務める池田さん(写真奥)も加わってインタビューにお答えいただいた。
ー最後に、自然派ワインを知って、初めて飲んでみようと思っている方にはどんなメッセージを送りますか?
頭の中を空っぽにする感じで自然派ワインと向き合ってみてください。その一本からお客様だけのヴァンナチュール(自然派ワイン)の世界は始まります。その世界の楽しみ方をお客様個人個人が作り出していただけたらカヴィストとしてこの上なく嬉しいです。