共に創るまち。未来に向けて、いわきの軸が定まった3年間

3年間にわたって開催されて来た、いわき潮目文化共創都市づくり推進実行委員会の事業を、専門家はいかに評価するのか。相馬千秋さんと森隆一郎さん、二人の専門家によるレビューを掲載します。2回目は「渚と」主宰の森隆一郎さんの寄稿です。

 

共に創るまち。未来に向けて、いわきの軸が定まった3年間

寄稿:森 隆一郎

 

―名付けの効能

いきなり私事から書き始めますが、私は以前いわき市に住んでいました。市の文化施設「いわき芸術文化交流館アリオス(いわきアリオス)」の立ち上げスタッフとして5年間をこの土地で暮らしました。そんな自分として「潮目文化共創都市構想」の名前を目にした時には、「これは一本取られたな」と感じました。

70キロにも及ぶ海岸線を持ついわき市には、これまでも「東北の湘南」とか「東北のハワイ」なんていう呼び名があり、これらの通称は少し自嘲的に使われる時もあったと記憶しています。「どこどこの〇〇」という言い方自体が、〇〇を超えることができないこと前提ですから自嘲も当然かもしれません。

一方、この「潮目」は、いわきの海、常磐沖で親潮と黒潮がぶつかる場所として、そして、本事業のステイトメントにもあるように、いわきにおける地域アイデンティティを語る言葉として最適だと感じました。良い名前を得ると、一気に物事が前に進むという経験をお持ちの方も多いと思いますが、これは皆がイメージを共有している状態を作り出せた時だと思うのです。チームスポーツにおいて、スタープレーヤーがいなくても、どのように戦うのかというイメージを共有したチームが勝ち続けることに近いかもれません。

「潮目文化共創都市構想」は、いわき市民自らが、市民視点から地域の文化を更新していこうとする取り組みで、それは地域のプレーヤーたちに強いつながりをもたらし、地域文化に対して改めて自信とプライドを与える自己肯定感に溢れたものだと思います。

 

 

2/8(ニッパチ)の法則というのがあり、これは何かを作るときに様々な場面で引用される、黄金比のようなものですが、私は、このタイトルを目にした時に、8割方成功なのじゃないかと思えたのでした。1年目の事業報告にあるように、いわきには元々多様な活動がありました。特に震災後はさまざまな外部の人たちがそこに関わり、ローカルに面白かったことが、全国レベルでも面白くて大切なこととして評価されてきました。

それは、文化庁や文部科学省がいわきアリオスの取組みを顕彰したり、本事務局メンバーでもある小松理虔氏の著作が大佛次郎賞を受賞したりしたことに顕著に現れていると思います。そういう状況に、通奏低音のように響く言葉を発見し、その言葉のもとで緩やかにつながる。それだけで、十分な効果を発揮するだろうと想像できたのです。

では、残りの2割はどうでしょうか。本稿では、その2割のところでどんなことが評価でき、また、もっとこうすれば9割あるいは10割に近づくのではないかということを、稚拙な見解ではありますが、最近文化政策の立案や提言がが仕事の大きな分量を占めるようになった私の立場から、所感を書いていこうと思います。

 

 

―潮目文化共創ツールキット

「形から入る」というと、なんだか、少しレベルの低いことなんではないか、という先入観があると思います。でも、と私は思います。日本文化は「型」を大切にしてきたじゃないかと。伝統的な技には「型」があり、その技を学ぶものは、理論や知識よりも先に、この型を体に覚え込ませることから始めるのが、稽古のセオリーです。

さて、では政策や施策における「型」とはなんでしょうか。「手法」のことだと私は考えます。文化政策においては、これまで「文化施設を作る」という大きな型が中心とされ、その施設で働くスタッフや、行われる事業の「型」にバリエーションが少なかったのではないかと考えています。

文化施設業界で長らく働いてきた経験からすると、時々で「自主事業」「ワークショップ」「アウトリーチ」などの手法が紹介されてきて、その新手法をかざすと新規の予算がつく、というようなこともありました。笑い話のような本当の話です。これらの手法は、もちろん芸術文化そのものではなく、その「ツール」なわけですが、文化業界はこのツールについての研究・開発が足りていないのではないかと、常々思っています。

後ほど言及しますが、何かというと伝統と祭りをイベント化して、ひとときのカタルシスを共有するようなことは、文化政策として(政策とすら言えない)相当レベルの低い段階であると思います。

 

 

さて、この事業のオープニングでは、いわき駅前にこたつを出して、シンポジウムが行われました。また、「カルチャーショックプログラム」の報告には「こたつで潮目計画」なんていう、魅力的なフレーズも登場しています。その文章の中では「こたつという狭い対話空間だからこそ、震災後のいわきを生きる人たちの本音が飛び出します」とその「効果」が明らかにされています。

「こたつにみかん」といえば、日本人の心の原風景の一つとも言えますが、およそ公的な文化事業では扱われないようなツールがこの事業の現場に登場することに、本事業が「市民主導」であることを垣間見ることができるのではないでしょうか。

私は、文化事業を計画する時などに「草の根活動家のためのパタゴニアのツール会議」(パタゴニア,2016)という本を頻繁に参照します。これは、環境保護に熱心なアパレルメーカーであるパタゴニアが、環境保護運動におけるさまざまな事例を集め、その手法を整理し、世界中の活動家たちと共有するために発行した本なのですが、本事業における「こたつ」の活用をはじめとした会議手法、情報編集・発信手法、コミュニケーションやチームづくりの方法論などを「いわきの潮目文化共創ツールキット」としてまとめていくことで、この事業に蓄積されているノウハウや、現場を通じて磨かれてきたスピリットが次世代へと受け継がれていくのではないかと勝手な妄想を広げました。

 

 

―地域課題に目を向けよう(今、ここで生きている人たちに文化政策ができること)

一般的に、これまでの地域における文化振興は、地域の文化団体を中心にした活動への支援が中心で、個人や数名のグループはそういう団体に加盟/加入することで、公的な支援を受けたり、公的な機関とのつながりを持ったりすることができました。このような市民の主体的な文化活動を通じて地域の文化を豊かにしていこうという政策はある一定の成果を上げつつも、一方で、地域文化を担う人たちのエリート意識を醸成してしまうような側面もあり、ややバランスに欠けていたかもしれません。

たとえば、自ら文化活動を行うような余裕など、どう考えてもありえない、というような家庭あるいは個人には、これまでの文化政策はリーチしづらく、そこに分断が生まれてしまう可能性もあります。また、文化活動自体の範疇も、従来の文化団体の枠から大きくはみ出していて、それは、生き方の多様性が広がったこととも呼応しています。

新しい文化芸術基本法や文化芸術推進基本計画は、現代日本社会の現実に向き合うように書き換えられていて、従来の政策(文化自体を豊かにしていく)に加えて、個々人の生き方や社会の多様性、超高齢社会、新たな経済のあり方などに対して、芸術や文化が果たせる役割を明確に位置付け、積極的に社会の変革の「ツール」として、芸術や文化を活用していこうということが書かれています。

そこに照らしてみると、いわきの潮目文化共創都市構想は、(そういう思惑があったかどうかは別として)この基本法や推進基本計画の理念を相当先取りして実践した事例として、国内でも有数の取り組みだったのではないかと私は考えています。

 

 

たまたま時を同じくして始まった地域包括ケアに関する市の取り組みである「igoku」とスタッフが相互乗り入れしている点も含め、結果として潮目文化共創都市構想は、地域の課題に対して芸術・文化・福祉・医療・介護、さらに観光など、さまざまな領域を縦横無尽に横断するものになりました。

そして、それは従前から動いていた活動に「潮目」という通奏低音のような言葉を与え、それぞれが持っていた共通性がタグづけされるように繋がってゆきました。中には、当事者には意識されていなかったような活動も「ああ、これもいわき文化の一端だったのか」というような気づきを誘発したかもしれません。

本事業が始まる前、2016年に本事業事務局であるNPOワンダーグラウンドが取り組んだ「福島藝術計画」(アーツカウンシル東京「Art Support Tohoku-Tokyo」の一環)のプログラムの一つ「マナビバ」の報告書「潮目のまちから」に収録されている事例紹介では、障害福祉サービス事業所を運営するNPOソーシャルデザインワークス代表理事の北山剛さんが、福祉事業者でありながら、地域で文化芸術イベントを主催する理由について「文化芸術に、日常生活の中ではなかなか刺激することのできない感性の部分に訴える力があるからです」とし、「(文化芸術は)障害のある方の世界を広げてくれるだけでなく、支援する側、僕たちスタッフの世界も広げてくれるんです」と指摘しています。

間違いなく、彼らの活動も、福祉と文化の潮目を作っているわけですが、大切なのは、本事業に携わる人たちが北山さんたちの活動にもつながりを持っていて、その潮目のあり方を常に更新して行っているという点なのではないかと思います。

 

 

ひとつずつ丁寧に、文化や芸術に限らない、様々な活動を行う人と人、あるいは組織と組織の関係性をつくり、その関係性の中で活動が相互に更新されていく。それが、文化芸術基本法の求めることの一つだと思いますが、そういう視点で見てみれば、基本法や基本計画で謳われていることは、この潮目文化共創都市構想において相当実践されたのだと思います。

また、潮目文化都市の取組みは、地元に関わりのある人(いわきに住んでいない人も含めて)を中心に進められたことで、ここで得られた知見や経験が、関わった人たちの中に血肉化し、将来の地域づくりに向けた大きな経験となったのではないかと考えます。

 

―イベント主義からの脱却

本報告書の中で、「市側はイベントを求めた」という箇所がありますが、芸術文化振興の現場や芸術文化支援の仕事を30年ほど続けてきた自分にしてみると「もうイベントは十分」だと感じます。芸術や文化の持つ力は、イベントとして消費してしまうにはもったいないのです。

テーマを深掘りしていくこと、既存の価値観や方法を疑うこと、視点をずらして考えること、とことん議論すること、さまざまな人たちと協働すること。アーティストが作品やプロジェクトを作る上で習慣化させているこれらの姿勢が、実は、地域づくりに求められているのです。

文化政策においては、このようなアーティストたちの力を、アウトプットだけ享受するような「イベント」という形ではなく、地域の課題を共に考え、試行錯誤していくプロセスを共有し、お互いに新たな視点を獲得していくような「活動」としていくことで、もっと豊かな関係を作れるはずなのです。

 

 

しつこいようですが、イベントは方法の一つに過ぎません。課題が多様化した現在、方法(ツール)も多様であるべきです。潮目文化共創都市構想が取り組んできた様々な実践は、課題に対する多様な方法論をぶつけた試みでもあったといえるでしょう。

本事業のステイトメントには、歴史(時間)や土地、人の「潮目」を発見し作り出していく、と謳われています。それは「今」生きている私たち自身のあり方を探ることであり、ノスタルジーでもなく、非現実的な未来でもなく、あるいは何処かの誰かが持ってきた既成のものでもなく、軸足は「いま・ここ」にあるべきという意思が貫かれているように感じられます。そして地域のさまざまな力が集約されようとしているこの取組みに、未来のいわきの、あるいは福島の、あるいは日本の未来を感じずにはいられないのです。

さて、この先は、この取組みに触発されて次のステップとして考えてみたことを、簡単な政策提言として記していきます。余計なお世話かもしれませんが、この事業にはそれだけの可能性があると思うのです。

 

―生活支援型文化事業(いわきアリオスのコンセプトを拡大して)

いわきアリオスは、いつからか「生活支援型アートセンター」という言葉で自らを表していました。「文化の殿堂」と呼ばれることを拒み、自分たちは、あくまで市民の生活に寄り添うのだという意思のあわられとして、このフレーズを使っていました。

いわきアリオスの活動はその言葉を体現するように、時に「文化施設がこんなことまでやるの?」というようなことにまでリーチを伸ばしています。街なかのイベントの実行委員会によばれたり、子供たちの遊び場に関する情報を収集発信したり、公園を使ったイベントは他の自治体からも呼ばれて出張したり、街の魅力を探るラジオ番組を持っていたりと、およそ文化施設ができることを多分全国で一番拡張しているのではないかと思います。(少し褒めすぎているかもしれませんが・笑)

 

 

さて、自分の古巣への賛辞はこれくらいにして、まだいわきアリオスが手がけていない大事な文化政策の側面に触れたいと思います(文化施設とは方向性が違うので当然ではありますが)。

かつてのいわきアリオスは、市民協働課という市の組織に置かれていたのですが、この市民協働課の仕事の一つに市内NPOの支援がありました。本事業の事務局を担うワンダーグラウンドも、この支援を受けて誕生したNPOの一つだと記憶しています。

地味な事業ではありました(失敬)が、このNPO支援の成果が、今じわじわと効いてきているのではないかと考えます。行政がすべての課題に対応するには、現代社会が抱える問題は多様です。また、組織的な対応というよりも、個別の対応の方が功を奏するような事象や課題の方が多いようにも感じられます。

先ほど、イベント主義から、アーティスト協働型の多様な活動への転換を提案しましたが、今後、複雑で多様になっていく社会課題に対応していくには、行政だけでなく、NPOやアーティストなど多様なプレイヤーが知見や経験を提供し合い、共に社会を形作っていくことが求められるのだと思います。

そして、実は文化政策ほど、この多様で予測不能な状況に向き合える政策分野はないのです。現行の制度下では医療も福祉も教育も、それぞれ対象とする市民と機能が限定されてしまうのですが、文化政策だけは、生まれた直後から亡くなる直前まで、生きている人は全てがその対象となります。この「全て=エブリワン」というキーワードは文化政策の強みなのです。これが文化政策が総合政策であると言われる所以です。

 

 

社会課題に対して、どのような施策を立案していくのか。その大きな視点のもとで、文化政策を考える時に有効なのが、助成制度です。

政策の実現にはその拠点となる施設を作って対応、というのが高度成長期以降の日本の政策の定番でしたが、施設の運営は運営組織自体も含めた維持費を捻出するのだけで、長期にわたって財政に大きな負担をもたらします。しかし、助成制度には維持費がかかりません。テーマ(地域課題)に則った助成を公募することで、市民側のパートナーを見つけることができ、まさに官民協働の取り組みを行うことができるわけです。

広い市域全体に対してのアプローチは、文化拠点いわきアリオスの「おでかけアリオス」(遠隔地への出張型事業)を持ってしてもそう簡単に成し遂げられるものではありません。しかし、震災後多くが活性化したり新規に作られたりした地域のNPOを文化政策のパートナーとして位置付け、適時性のある助成制度を活用していくことで、コストを抑えつつ政策の目標に近づくことができるのではないでしょうか。

そして、そのパートナーは、まちづくり団体や福祉団体、病院、子育てグループ、教育支援団体、学校、観光事業者、地元企業など、その領域に縛りを作らないことも大切です。その制度のもとでは、文化芸術基本法が求める「さまざまな領域との有機的な連携」が起こるのではないかと想像します。そして、潮目文化共創都市構想を進めているいわき市には、それをすぐに実現のフェーズに移せる土壌が出来上がっているはずです。

 

 

―未来志向の文化プラットフォームづくり

さらに、もうひとつだけ戯言を書かせてください。こちらは、より実践的です。潮目文化共創都市構想の事務局や現場に携わったチームは、おそらく現在のいわき文化を担う最高のチーム体制だと思います。でも、私からはもうひとつ注文があります。

それは、今のチームにセカンドユニットを作って未来を作ろう、というものです。現在のチームで大切な役割を担う編集者の小松理虔さんは、以前、地元のかっこいい大人の背中を見せることで若い人たちにいわきを面白い街だと感じて欲しい、とおっしゃていました。そして現在、それは実現できていると思います。

でも、さらに欲を言えば、背中を見せて意識の変化を期待するだけでなく、より具体的にチームの一員として、若者たちとの共創現場を作って欲しいのです。この潮目文化共創都市構想の現場をセカンドユニットの人たちが回し、現役のチームは大事な交渉など、ここ一番という時に人脈や人望を生かし、大人にしかできない仕事をする。あるいはセカンドユニットは、地元の高校生たちに担ってもらってもいいと思います。

地域の大人たちやアーティストと本気の文化事業を共に回していくためには、歴史や社会、哲学などの様々な知識や、発想の自由さが求めれられるでしょう。そのための学びの場を作るのもいいかもしれません。それは、学生たちにとって、大きな生きる力になると想像します。そして、将来の地域の可能性を広げることにもつながると思うのです。すこし想像の幅を広げすぎたかもしれませんが、そんな事務局体制が取れたら、どんな未来がやってくるのかと思うと、ワクワクしてしまいました。

 

 

また、本事業で評価したい別の視点として、アーカイブの充実があげられると思います。本事業のWEBサイト(マガジン)「しおめ」には、さまざまな地域人材にフォーカスしたインタビューが蓄積され、そのまま、地域文化人材辞典のようになっています。

このWEBマガジンで注目すべきは、その人材の拠点が、いわきに限らず浜通り全体にリーチしていることです。私が言うまでもありませんが、東京電力福島第一原子力発電所の事故以来、緩やかに文化を共有していた福島県浜通り地方は、原発の南北で遮断され、交通の行き来もままならない状況が続いていました(震災後9年目の今年3月、常磐線が全線再開通)。

しかし、文化の繋がりは、長い歴史に裏付けられており、ちょっとやそっとの分断でなくなるものではありません。この浜通り地方において、いわき市は経済的な体力や港の規模感など含め、その中心拠点としての役割を果たしています。津波や放射能によるダメージは計り知れず、まだまだ土地や経済・産業の復興は続きますが、こんな時に、浜通り地方が文化的なアイデンティティを確認しあい、さまざまな交流を試みて、その文化のつながりを強くしていくことも大切な復興の一つだと思うのです。

この「潮目文化共創都市構想」は、浜通り地方全体を緩やかにつなぐのにとてもいい言葉でもあり、このチームは浜通り文化のつなぎ役としても最適だと思うのです。

 

 

本年度、私も参加させてもらった「しらみず文化大学」には、韓国の浦項(ポハン)市から市の文化財団と連携して地域文化プラットフォームを推進する「F5」という民間チームのメンバーが訪れ、現地で2017年に発生した地震で被害を受けた市民生活の復興について話してくださいました。

先立つ10月には私自身も招かれて現地を視察し、シンポジウムに参加して知見の共有の機会を得たのですが、私がとても感銘を受けたのは、このチームが捉える「復興」とは、人の心の復興が中心に据えられていた点です。土木や建設などのハードや産業・経済の復興を進めることも大事です。

一方、震災で傷ついた人の心によりそうことを中心におくF5の復興アクションは、私たちの社会は人の心を蔑ろにしていなかったかという気づきをもたらしてくれました。「心の復興」と言いながらイベントを実施して当事者たちが疲弊していくような現状を脱し、人の心に直接アクセスする政策領域である文化政策が「人の心」を軸に他領域の政策と連携していけるような制度の再設計が促されているように感じました。

 

 

文化芸術基本法の規定に基づき策定された「文化芸術推進基本計画」には、「目標4」として「地域の文化芸術を推進するプラットフォーム」そして、「戦略6」として「地域の連携・協働を推進するプラットフォームの形成」が示されています。

本事業が受けている文化庁の補助金もこの流れを汲むものですが、例えば、本事務局を中心に、研究や助成を主軸に地域の文化資源を掘り起こし(人、こと、場所、歴史etc.)、内外のアーティストや表現者たちをつなぐ役割を担っていくようなことが起これば、震災と原発事故からの復興を余儀なくされた地域がいまだかつてなかった文化創造都市に変化していけるのではないかと思うのです。

例えばその組織を「浜通りアーツカウンシル」と名付け、復興五輪と位置付けられた東京2020オリンピック・パラリンピックのレガシーとして位置付けてみるのはどうでしょうか。

 

―共に創るまち

長々と記してしまいましたが、最後に私の元上司でもある、いわきアリオス前支配人大石時雄さんの言葉を引用します。先にも引用した「潮目のまちから」という報告書の中で「文化政策と一口に行っても、(中略)政府や行政の思惑、立場から語る文化政策と、私たち市民の立場から語る文化政策というものでは違うんだということをまずは大前提として語る必要があります」とし、文化政策を「いろいろな人たちと共にファシリテートしていくことが大事」と指摘します。

いわきにおける「潮目文化共創都市構想」というのは、まさに市民と行政とが対峙して進めてきた事業だと感じます。それは、この報告書をくまなく読むことで誰もが感じることができるのではないでしょうか。そして、これこそが本事業の最も大切な特徴であり国が推進を促す「地域の連携・協働を推進するプラットフォームの形成」に大きく寄与する取組みだったのではないかと思うのです。

この取組みがさらなる進化を遂げ、先の震災で大きなダメージを被ったいわきや浜通り地方が、復興の一つの形として、市民協働による文化共創政策を推進する先進的な地域として、全国あるいは世界から研究者や実践者が集まるようなことになる未来の姿を想像して、本稿を終了します。

いわきに潮目はしっかりと作られていると思います。 

 

プロフィール:森 隆一郎(もり・りゅういちろう)

アートやカルチャーで社会をクリエイティブにする「渚と」主宰 / 東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科特任助教 / 東京シティ・バレエ団 理事・アドバイザー / 全銀座会G2020アドバイザー / さいたま市文化芸術都市創造審議会副会長 / 文化の朝活 東京アーツのれん会主宰ほか。過去に、ティアラこうとう制作担当、いわき芸術文化交流館アリオスマーケティングマネージャー、アーツカウンシル東京PRディレクター、墨田区文化振興財団地域文化支援チームリーダーなど。2018年独立。企画・制作・広報・コンサルティングなど多面的に活動中。共著に「文化からの復興 市民と震災といわきアリオスと」水曜社。

参考:『潮目のまちから―文化政策の可能性と、いわきの多様性』(福島県、東京都、アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)、特定非営利法人Wunder ground, 2017.3.23) https://tarl.jp/library/output/2016/2016_siome/