体験ツアー演劇「地中の羽化、百億の波の果て」レビュー

3年間にわたって開催されて来た、いわき潮目文化共創都市づくり推進実行委員会の事業を、専門家はいかに評価するのか。相馬千秋さんと森隆一郎さん、二人の専門家によるレビューを掲載します。初回はNPO法人・芸術公社代表理事、相馬千秋さんのレビューです。

 

体験ツアー演劇「地中の羽化、百億の波の果て」レビュー

 

寄稿:相馬 千秋 撮影:鈴木 穣蔵

 

私たちは大地の上に立っている。海も川も樹々も、台地の上にある。そこにはすべての生命の営みが生まれ、循環を繰り返す。子供時代の土遊びで、地中から出てくる石ころや植物の痕跡、小さな生き物たちの存在に熱中し、どこまでも土に穴を掘り続ける。そんな経験は誰にでもあるはずだ。

だが、都市生活を送る多くの大人たちにとって、自分が立つ大地の存在を実感する機会は少ない。むしろその事実を再認識するのは、皮肉にも台地の上を覆いかぶさる人工物が破壊され、台地が制御不能な災いとして人間を襲う瞬間になってしまった。河川の氾濫、土砂崩れ、地震による地盤沈下や隆起、そして津波。大量の土が水と混じり、人間の営みと自然を隔てる境界線を乗り越えてやってくる。土は、人間の制御を超えて文明を破壊しにやってくる災いとさえなってしまった。

 

 

寺澤亜彩加と藤城光という二人のアーティストが企画した体験ツアー演劇「地中の羽化、百億の波の果て」を語るにあたり、まずこのこのことを確認するのは、この作品の出発点が、大地と人間との関係性そのものにあるからだ。もともと10月に予定されていた上演は、東日本を襲った台風被害により中止され、3ヶ月後、撮影記録用の実施に再編成された。(本論はこの撮影記録用の上演に立ち会った経験をもとに書かれている。)

開催地である福島県いわき市は、9年前の津波と原発事故に見舞われた土地でもある。津波は大地を侵食し、家々をなぎ倒し、原発さえも破壊させた。やがて人々は大地の表面を浄化し、防潮堤を築き、あらたな生活を営み始めている。そのような場所の大地に立ち、歩き、潜ること。

この作品は、偶然か必然か、大地を掘り進めることから生まれ、大地に揺さぶられ、その荒々しさに翻弄されながらも、再び大地に抱かれる、そのような営みから生まれた壮大な儀式としての演劇であった。本論では、10時間におよぶ上演を体験した一観客の立場から、その壮絶な体験を振り返ってみたい。

 

 

 

―土地の記憶を慰霊する10時間の儀礼演劇

朝8時。いわき市役所に集合した15名程度の観客は、マイクロバスに乗車して旅を始めた。「キツネトラベル」の旗を持つガイド役の二人の女性、そして「キツネ」として一行を誘導するパフォーマーもバスに乗り込んでくる。事前に配布される「お品書き」には、訪問するであろうスポットや、この作品を貫く「やっちき」の歌詞がしたためられている。

最初の訪問地は「うみ」。冬晴れの日差しに、白波が打ち付ける。用意された長靴で踏み締める浜は柔らかく、湿っていた。海岸線に沿って20分ほど歩く間に、真冬なのに裸足で海岸線を歩く地元の青年や、どこからともなく太鼓と鐘を叩きながらやってくる、行者のような3人の楽隊が現れ、少しずつ現実とフィクションが混じり合っていく。観客には白い桶が手渡され、それで海の水を掬ってバスに乗り込むように指示される。

 

 

次の訪問地は「四千年前の渚」。バスは震災後に建てられた巨大な防潮堤と、その内側に新たに整備された公園や家々を通過しながら、山の上を目指す。

説明によると、そこはかつてメタセコイヤが繁茂していた渚であり、それが地中に眠り続けて石炭になったという。真っ白な衣装に身を包んで地面に横たわる2人パフォーマーは、どうやらメタセコイヤの精霊であり、彼らに海水をかけることで目覚めさせる、という微笑ましい儀式が行われた。その背後にはやはり3人の楽隊が風景の一部として山の斜面に張り付いている。

その後バスはトンネルを抜けて、このツアー演劇の舞台である白水地区に入っていく。白水地区はかつていわきに多数あった炭鉱町の一つで、現在は閉山ともに人口は激減し、たまに通りすぎる車両以外、町の中で人とすれ違うことはない。コンビニはおろか小売の商店もほぼない。

昼食会場として訪れた白水小学校は、昨年廃校となったが、最終児童数は3名だったそうだ。そんな町にやってきた私たちは、先ほどまで海水を運ぶ桶として使われていたヘルメットを装着し、一人ひとり炭鉱労働者の名前を与えられていく。私のヘルメットには「松本」という名前が貼り付けられた。

 

 

ここから4時間にもわたる町歩きが始まる。かつて炭鉱労働者たちがそこで見たであろう風景、経験したであろう日常。すべてはすでに遠い過去の物語であるが、誰もいない町に現れる登場人物たちは、時の裂け目から出てきたかのように、勝手にそれぞれの役で、それぞれの物語/記憶を演じ、私たちに語りかける。

赤い屋根の家に住む禮子さんの物語。幼い頃から両親とともに炭鉱で働き、父親が炭鉱事故で半身不随になった話。その後炭鉱労働の中で出会った青年との肉感的な交流と踊り。無数の労働者家族が暮らしていたであろう長屋は、もはや廃墟というよりも完全に崩壊し自然の一部となりつつあった。

一行には炭鉱労働者たちが使っていた工具や器具が手渡され、それを持ちながら歩き続ける。

最初は川に沿って水平に、やがて街の両側を取り囲む山々の斜面をよじ登り、私たちは「薬師様」「胡桃下稲荷」「八角堂」といった信仰地にたどり着く。そこには小さな鳥居や像が、地中深くに潜っていった坑夫たちと大地の契約のしるしのようにひっそりと存在していた。私たちは大地にへばりつき、大地の中に潜っていった坑夫たちの分身として、過去を演じるエキストラとして、そしてその一連の出来事を追体験する観客としてそれらの場所に潜り込んでいった。

 

 

「闇黒坑道」では、実際に真っ暗な坑道から仲間の坑夫の遺体を運び続けた男の再現証言が行われる。

さらに山の奥でひっそりと行われた演劇上演では、これまで断片的に演じられてきた複数の物語が統合され、全ての登場人物たちが文字どおり地中に潜り、あたかも土の中で眠り続ける化石やサナギのように土と一体化する。その一連の行為は太鼓と鐘の音、「やっちき」の朗唱によって伴奏され、静寂の町中に挽歌のように響きわたっていく。この土にまみれた山中の儀式を目撃した後、平地に降りた私たちは石炭に灯された火を囲みながら、「やっちき」を踊り狂う者たちと交じり合うー。

10時間にわたってこの演劇を経験し終えた私の身体は、慣れない急な山道の昇降や、長靴に浜辺を歩く長い道のり、雲一つない冬晴れの日光と、山の中の湿った寒さで、恐ろしく疲れ切っていた。だが、その疲労は自らの全身で、大地そのものを受容した充足感に満たされていた。そしてトンネルを抜けていわき市内に戻れば、これらはすべてシュールで鮮明な白昼夢のようにも思えるのだった。

早朝から夕暮れにかけて、10時間を超える経験のすべてを記述するにはもっと長い体験記を書く必要があるだろうが、ごく大まかな流れに沿った経験はこのようなものだ。詳細な記録は映像を含めた記録集にその役割を託すとして、ここには3点に分けて、この巨大な演劇作品の特筆すべき試みの魅力を論じていこう。

 

 

―大地と身体の「穴」をめぐる物語

この10時間の巨大な儀礼演劇は、第一に「穴」をめぐる物語/歴史であったと考えられる。

キツネに誘われてめぐるスポットは、最初に訪れる浜辺以外、どこも地層の奥深くに潜り込むような、あるいは大地の隆起と谷間の間を行き来するような空間が意図的に選ばれている。市街地と炭鉱町を隔てるトンネル、炭鉱の出口と坑内をつなぐトンネルは、「こちら」と「あちら」を媒介する。大地に水平に、あるいは垂直に掘られた穴。波に濡れる砂浜から、枯れ葉が体積した山道へ、そして自然が人工物を覆い尽くし廃墟化した坑内へ。

アスファルトに慣れきった足は、踏みしめて歩く大地の質感を意識させられる。私たちが立っている大地、そこに開けられた穴。擬人化されたメタセコイヤたち、旅人を誘い込むキツネなど様々な生命たちが、穴と外を行き来しながら私たちに語りかける。

大地そのものに抱かれた複数の「穴」は、要所要所で響き渡るやっちきの歌詞を媒介に、やがて男女の交わりの「穴」のイメージにも重ねられていく。暗く湿った坑内は女性の膣内の隠喩となり、炭鉱の中で出会い、交わり、子孫を産み、死んでいく炭鉱労働者たちの生/性の営みが、土臭さをたたえながら立ち上がってくる。穴は生命の始まりであると同時に、そこで命を落とせば発見されることさえ難しい永遠の暗闇と沈黙でもある。

 

 

私たち観客は坑内へ、そして大地の内部へと続くトンネルの中で、あの世とこの世が不確かに交わる、歪んだ時空を経験する。気がつけばその空間には太鼓を奏でる者、と鐘の音を鳴らす者が風景の一部のようにそこにたたずみ、そのゆっくりとした拍子が合図となって、あの世とこの世の境界が揺らぐのだ。

その時空の裂け目に、再び「やっちき」の唄いが響く。歌詞は、この炭鉱の町でかつて、起こったであろう出来事、あるいは、起こったかもしれない物語を紡ぐ。小さな白水の町全体に染み入るように響く声は、波動となり、汗や涙や精液といった液体、地中や身体に空いた複数の穴を振動させるのだった。

 

―巡礼と鎮魂:受容と媒介のプロセスとしてのツアー演劇

本作品の鑑賞形態は体験ツアー型と言われるものある。観客を固定化された客席から解放し、観客自身が場所を移動しながら経験する演劇といえば、1960年代から80年代、寺山修司が都市に異物や非日常を持ち込むことで仕掛けた一連の「市街劇」や、2006年に高山明(Port B)が初めて制作・命名した「ツアー・パフォーマンス」などがよく知られている。

本作品もそうした歴史的作品を参照・継承しつつ、白水地区という町全体を使った演劇として構想されたはずだ。だが、作者である藤城光はインスタレーションや映像などにより制作を行うアーティスト、寺澤亜彩加の本業は庭師であり、今回彼らがツアー形式の演劇に挑戦したのは、それなりに必然的な理由があるに違いない。

本人たちに聞いたところ、彼女たちは半年間をかけてこの白水地区に入り込み、リサーチ仲間とともにこの土地の人々の聞き取りやフィールドワークを重ねたそうだ。炭鉱労働経験者の高齢化だけでなく、旧時代の遺物となった炭鉱町の後ろ暗い話など語ってもしょうがない、という当事者たちの封印もある中、記憶をこじ開けていくことは多くの困難を伴ったようだ。にも関わらず二人は、膨大な時間とエネルギーを注ぎ込んで土地と記憶を全身で受容し続けた。

 

(左:寺澤亜彩加、右:藤城光)

その受容のプロセスを、観客とともに実際の場所を移動しながら行うことで、一種の巡礼/鎮魂の儀式として再編成すること。恐ろしく静まり返った炭鉱町は、都市から来る観客にとってはそれ自体が非日常であるが、そこに「かつてあったかもしれない物語」が挿入されることで、現実の時空が緩みが生じ、その裂け目から、封印されていたものたちが顔を出す。

私たち観客は文字どおり「ツアー客」であると同時に、白水地区を1日かがりで巡りながら鎮魂する「巡礼者」となり、この壮大な土と霊の儀式に立ち会ったのだ。ツアーという形式は、膨大なリサーチを身体的に受容した二人のアーティストが、土地と記憶、大地と身体、死者と生者、物質と生命、それらをひたすらに媒介し、その受容と媒介のプロセスを他者と共有するために結晶化したフレームとして、極めて有効に機能していたように思う。

 

―「採掘者」とともに大地をあり続けるために

この演劇作品を通じた経験の豊かさは計り知れない。たった10人前後の観客のために、20名を超えるキャストやスタッフが早朝から夜まで、野外に晒され身体を酷使しつつ、このツアーを成立させている。リサーチ時の経費や人件費を除いても、創意工夫を凝らした本作の上演料はどんなに少なく見積もっても1上演につき200万ほどがかかるのではないかと想像する。

ツアー演劇のジレンマは、観客の経験の豊かさに対して経済効率が悪すぎるという問題であり、本作もその例外ではない。それ相応の予算を確保できない限り、再演は不可能だろう。

この膨大で豊かなリサーチと経験を、いかに町の財産としていくか。一つは、すでに試みられているように、映像とテキストによる詳細な記録によって、町の文化資源として保存し、活用していくことであろう。

 

 

ツアー演劇そのものの再現は困難でも、ツアーで訪問した場所を観客が自身の力で巡ることのできる導線をマップ化し、その訪問地ごとに物語と記憶を再起動させる想像力のスイッチをしっかりと保存しておくなど、このプロジェクトを引き継ぐ誰もがその再生ボタンを押せるような仕掛け作りやマニュアル作りが必要であると思う。

もう一つは、この前代未聞のツアー演劇を創作した寺澤亜彩加と藤城光をはじめ、土地の記憶を聞き取り、受容し、新たな経験へと再編成する能力をもった表現者やリサーチャーたちを、可能な限り多く、可能か限り手厚く支援していく体制作りであろう。

人類史上においても稀な災厄を経験し困難に喘ぎ続ける福島、そこで生きることを決断した表現者たちは、この大地の不条理と向き合い、死者と聖者、生命と物質、動物と人間、そうしたあらゆる境界の間に立ち、そのすべての声を聞く存在だ。

彼らがそこ居続けること。彼らの耳を通じて、目を通じてこの世界と向き合うこと。その土地にとって、それ以上、豊かな循環と更新はない。彼らは永遠に土遊びをし続ける子供たちのように、土地に穴を堀り、記憶を掘り起こす採掘者たちなのだ。彼らが伸び伸びと、長い展望のもとに、この土地の大地に根ざし、大地の声を聞き続けるための環境づくりが切望される。

 

プロフィール:相馬 千秋(そうま・ちあき)

早稲田大学第一文学部卒業、リュミエール・リヨン第二大学文化人類学・社会学大学院DESS課程修了。横浜の舞台芸術創造拠点「急な坂スタジオ」初代プログラム・ディレクター(2006-10)、国際舞台芸術祭「フェスティバル/トーキョー」初代プログラム・ディレクター (F/T09春〜F/T13)、文化庁文化審議会文化政策部会委員(2012-15)などを歴任。2014年仲間とともにNPO法人芸術公社を設立、代表理事に就任、法人の経営や各種事業のディレクション全般を行う。2015年フランス共和国芸術文化勲章シュヴァリエ受章。2016年より立教大学現代心理学部映像身体学科特任准教授。2017年より「シアターコモンズ」実行委員長兼ディレクター、「シアターコモンズ・ラボ:社会芸術アカデミー事業」ディレクターを務めるなど、演劇、美術、社会関与型アートなどを横断するプロジェクトのプロデュース、キュレーションを国内外で多数手掛けている。2017年より「あいちトリエンナーレ2019」のキュレーター(舞台芸術)も務める。