江尻 浩二郎さん いわきは、東北の、日本の、アジアのロビーである

 

インタビュー:江尻浩二郎さん

 

いわき潮目文化共創都市づくり推進実行委員会が主催したイベントのなかで、特徴的なもの「コミュニティツーリズム」のプログラムです。コミュニティツーリズムの定義も、まだ国内で定まらないなか、コミュニティツーリズムとは何かというところから、今年は色々な企画を行ってきました。中心人物は、いわき市の郷土史や伝承、芸能などを研究している江尻浩二郎さん。企画について、そしてその狙いについてなど、じっくりとお話を伺いました。

 

―いわきにおける「コミュニティ・ツーリズム」

 

—まず、コミュニティ・ツーリズム(以下、「コミツー」)について教えてください。

江尻:今回、「いわき潮目劇場」の企画として行っているコミツーは、陸奥賢(むつ さとし)さんがプロデューサーをされていた「大阪あそ歩」をお手本にしています。そもそも、「コミュニティ・ツーリズム」の定義って、これ、というものはないんですよね。「まち歩き」と何が違うのか、私もよくは分からない。

ただ、「大阪あそ歩」では、「参加者は15名まで」、「長くても2時間」、「歴史を語りすぎない」、「手描きの地図を作る」といったような大変具体的なルールがあります。また参加者同士のコミュニケーションも重要とされていて、陸奥さんは、「ガイド役の人が最初にポンとネタをひとつ投げると、あとは参加者だけでワイワイ盛り上がってるのが究極の理想」とまでおっしゃってます(笑)。私はひとまず、そういうものを「コミュニティ・ツーリズム」だと考えることにしました。

—今回は「コミツーとは何か」を学んでいくことも含めて、「いわき潮目劇場」の企画になっているんですよね?

江尻:そうなんです。慌ててコースを作っても、薄っぺらいものになってしまうと思って。そこで、まず「座学」を通して、コミツーを学ぼうということを考えました。昨年11月に、陸奥さんにいわきに来ていただいて、陸奥さんの思う、コミツー良いところも悪いところも含めて、ざっくばらんにお話しいただきました。座学の次は「試作」で、私たち事務局が中心となって作ったツアーを、陸奥さんにも歩いていただいて、講評いただきました。それを踏まえてさらに練り直し、やっと「実装」するという運びです。2月下旬から3月にかけて、いよいよ2つのツアーが開催されます。今回は、中神谷と上遠野を扱いました。

 

カオスラウンジ新芸術祭でも江尻さんがガイドを務めるまちあるき企画が開催されました。

 

—実際にコミツーを作り上げていく中で、どのようなことを意識されてきましたか。

江尻:大阪あそ歩には、実際的で非常に具体的なノウハウがありました。だから「学ぶ/まねぶ」ことができる。しかし、大阪は「都市」ですから、いわきにそのまま当てはめることはできません。だからまずは真似をしてみて、どこに無理があるのかということを確認したかったんですね。いわきならではのコミツー云々という話はその先の話だなと。

—いわきでコミツーを実践する中では、どんなことを意識されていますか。

江尻:いわきって、高木誠一や岩崎敏夫に代表される民俗学の深い伝統があり、また1984年に発足した「いわき地域学會」は、「東の横綱」と呼ばれている程の迫力をもった会です。これは全盛期の会員が500名、現在でも300名ほどだそうで、要するに、図書館に行けばいくらでも先人の恩恵にあずかれるし、もっと言えば、地域に大変詳しいおじさまやおばさまが、近所にたくさんいるわけですよ(笑)。

—そうだったんですね。

江尻:それに、大合併前の各エリアごとに、色々なまちづくりの活動をしている中高年がたくさんいる。これはきっぱりと大変な財産です。その一方で、若い世代はいわきに興味を持っていないですよね。非常に退屈だと思ってるし、隙あらば東京行きの高速バスに乗ってしまう。単純にこの三者をコミツーというフォーマットで繋げられればいいんじゃないかと思ったんですね。ここまで考えたところで、初めてこの話を受けようと思いました。それができれば、公金を使った事業としても十分価値があるんじゃないかと。

若い世代は、SNSに投稿するために、知らないお店を開拓するし、いい風景に飢えているし、またイベント参加の延長で意外と伝統行事などにも足を運びます。こういう点に訴えて何かひとつでもフックがあれば、目の前にある一見退屈な町に少なからず興味を持ってもらえると思うんですよね。

 

—コミュニティ・ツーリズムを通して見えるもの

 

—コミツーのキーワードが、「見えないものを見る」だそうですね。

江尻:コミツーをやっている方々はよく、「見えるものを見、見えないものも見る」などと言ったりします。「見えないもの」っていうのは、簡潔に言ってしまうと、地霊とか土地の履歴とか死者ということだと思うんですね。これは大変に共感できるんですが、少しだけ私が付け加えるとすると「見えないものたちと共に、見えるものを見、見えないものも見るという感じかもしれません。

「見えないもの」を見ているときに、見ている自分は一人じゃないなと感じるんですよね。歩いている自分は決して一人じゃない。四国のお遍路は「同行二人」といって、弘法大師が一緒に歩いてくれるということになってるけど、きっと二人どころじゃない。私があちこちを歩き回る中でいつも感じるのは、自分が歩くことで、自分を通り越して、見えないものと見えないものが勝手に響きあっているような不思議な感覚です。

—みんなで歩くということにはなにか意味はあるんでしょうか。

江尻:そうですね。私に見えてくるものと、別な人に見えてくるものは違うわけですが、しゃべりながら一緒に歩けば、「そうなんだ」って共有もできる。そういうことが「まち歩き」の醍醐味なんだと思います。先日も泉の御城下を歩いていたら、私が本で読んだ知識だけで「ここからここまでが外堀だったんです」みたいなことを言うと、「氷が張るとみんなでスケートして遊んだんだよね。満州帰りのやつのスケートがこんなに長くて格好よかった」みたいな話が参加者から出てくる。それに触発されて、どんどん話が広がってくる。私は一言も話さない。そういうのはたまらない魅力ですね。

 

小名浜にあるオルタナティブスペースUDOK.でお話を伺いました。

 

—「見えないもの」に考えをめぐらすことで、その土地の理解がぐっと深まりそうですね。

江尻:例えば一つの景色は、地球規模の自然現象とか、人間だけじゃなくて様々な生命とか、そういうものの積み重ねでできている。こう考えると、その景色がもつ情報量というのはとんでもないわけです。コミツーの入り口は、「散歩しましょう」でいいと思うんですよ。SNSのネタにどうぞと。で、わいわい歩いて、見たり聞いたり嗅いだり食べたり触ったりしているうちに、自分の周りにある「見えないもの」に意識が開かれるようになる。最初はかすかな違和感かもしれません。それが積み重なるうちに、気がつけば千年、二千年というスパンでものを考えたり、広い視野をもつことができたりするようになったらいいなと思います。

—長期的に物事を思考するきっかけをコミツーが与えてくれるんですね。

江尻:すごく大きな話になってしまいますけどね(笑)。でも例えば、震災からの復興を考える時に、今日明日の生活のために、自分や子どもや孫のために、と短絡的に考えるんじゃなく、100年後200年後、もっと言えば1000年2000年後のための「何か」を考えるようなことが大切なんだと思います。

 

—潮目としての「いわき」

 

—江尻さんにとって「潮目」とはなんでしょうか。

江尻:私にとっての潮目は、自然界レベルや生態系レベルでこの辺りにあると思われる境界ですね。分かりやすいのは、親潮と黒潮とか、南方系・北方系の植生がこの辺りで混じり合うっていうことでしょうか。こういうものがダイレクトに、歴史や文化に影響していることが面白い。陸奥国が、そして現在の東北地方がいわきから始まるというのは、決して偶然じゃないと思ってます。時々、「いわきは東北じゃない」っていう人がいますけど、私にはもう、東北でしかない(笑)。太古の昔から、自然も生命も歴史も文化も、このあたりでせめぎあってる。それは、いわきを考えるうえで大変に重要な視点だと思っています。

—なるほど。

江尻:例えば、いわきってなんだと考えるときに、現在と密接にかかわってくる常磐炭田を考えることはもちろん有用ですけども、普通は中央との関係でしか考えない。中央とはつまり、南であり西です。我々から見たら南西地方。しかしこういう場合、常に北との関連も考えたほうがいいと思います。ここに本州最大の炭田があったことと密接な因果関係がある何かが必ずある。例えば秋田県の鉱山とはその技術や人材などで繋がりがあるかもしれない、平の一等地に秋田銀行の支店があるのはもしかしたらそういうことなのか、と。そのように常に両方向で物事を考えることも大事だと思います。

 

小名浜本町通り芸術祭の企画「学歩」では、江尻がツアーガイドを務めて小名浜を歩いた。

 

—境界に位置するからこそ、いわきの独自性が出てくる?

江尻:私は、いわきは「ロビー」になった方がいいと思うんです。「ロビー」っていうのは、西洋建築でいう「色々な人が出入りするあいまいな場所」ですね。日本建築で言えば「縁側」なんでしょうけど、今は街自体がかつての様子と変わってしまっているので語感としては「ロビー」のほうが合うかなと思います。境目のいわきが、ロビーになったら面白いなって。

いわきって東京から日帰りで来られるじゃないですか。気楽にいわきまで来て、そこで奥座敷の「東北」に戦慄して欲しい。そのためには、もっと北からも人が来て欲しいんですよ。ここで交流があって、もうちょっと「奥」に行ってみようかな、と思ってもらいたい。

先日都心で大雪になってツイッターで「上から目線」をもじった「北から目線」というハッシュタグがありましたけど、これめちゃくちゃいいなと。これはまた場を改めて発信していきたいですけども、日本のこと、そしてこれからの世界のことを考えるのには「北から目線」が絶対に必要だと考えています。いわきはその「北から目線」の最前線になるかもしれない。いや、最前線のはずなんです。

—すでに人の交流が多いいわきで、ロビーの役割ができてくると面白い地域になりそうですね。

江尻:私は普段、ネパール、ミャンマー、ベトナム、タイ、韓国、中国といったアジア系の外国人留学生たちと過ごしている訳ですが、彼らの存在が街の中で全然見えてこないんですよね。感じるのは、いわきの人たちの側に、異文化と触れ合う免疫がないということ。彼らと敬意をもってきちんと交流できるような雰囲気ができればいいなと思っています。

異文化交流と言えば、私がずっと気になっているのが、いわき市で何度か開催されている「太平洋諸国舞踊祭」。これ、太平洋諸国の特命全権大使が来賓で来るようなイベントなんです。国際交流でいえばとんでもない機会。いわき市がその国にとっての「日本のロビー」になる大きなチャンスなんです。

ところが、国立舞踊団クラスがいわきに来てその舞踊を披露してくれているというのに、発信も「太平洋諸国の舞踊団が~」と一括りにされていて各国の名前すら出てこない。特命全権大使が来てるんですよ。もったいないです。福島県にはJICAの訓練所もある。うまく連携できれば、こと太平洋諸国に対して大変なアドバンテージがあります。交換留学生でも社会人研修でもなんでもすればいい。フラが流行するだけでなく、太平洋諸国の精神性や食文化なども学んでいくべきだと思います。

そして交流が深まっていくと、例えばクック諸島の人が何か用事があって来日たときに、まず「いわきに行ってみたい」となるわけです。どうしてかと尋ねれば、「クック諸島の人間にとって、日本のロビーはいわきなんですよ」と答えてもらえる。たいへんに素晴らしいことだと思います。ぜひ、太平洋諸国にも門戸を開き、そういう意味でも魅力的な「潮目」になっていけばいいと思いますね。

 

聞き手・構成:潮目劇場アーカイブ班 小宅優美

 

プロフィール:江尻浩二郎(えじり・こうじろう)

郷土史研究家。東日本国際大学 留学生別科 非常勤講師。をちこち人/案内人/演出家/劇作家/太鼓奏者/郷土史調査員/伝承芸能調査員/語学教師。UDOK.部員。「小名浜本町通り芸術祭」実行委員。いわき海洋調べ隊「うみラボ」研究員。「横川じゃんがら保存会」会員。「ラジオ下神白」事務局。「風とカルマのツーリズム」ディレクター。未来会議「浜通り合衆国」建国準備委員。「学歩」案内人。「カオス*ラウンジ新芸術祭」現地調整員。「廿三夜講復活プロジェクト」事務局。「日本太鼓道場」メンバー。「キルギス大江戸太鼓」メンバー。小名浜諏訪神社「宮元会」会員。