ユアサミズキさん 混ざり合ってぶつかり合う潮目

 

インタビュー:ユアサミズキさん

 

フタバスズキリュウからブルボンじいちゃん。あるいは、玄玄天、風の又兵衛……。濃厚ないわきの文化資源を、予測不可能なセッションで演奏してきたバンドといえば、十中八九。いわきでは珍しい大所帯なバンド構成で、音楽とともにダンスやアートのパフォーマンスが見られるライブは毎回圧巻です。

「神出鬼没系」を自称するバンド。今年は1123日にいわき市石炭・化石館ほるるでライブを行うことになっています。ライブ直前、その十中八九のメンバーで、いわき潮目文化共創都市づくり推進実行委員会の委員でもあるユアサミズキさんにお話を伺いました。十中八九のこと、自身の活動についてなど、いわきのクリエイターの中心人物、ユアサさんのクリエイティブを紐解きます。

 

−ほるるライブについて

 

Q:いよいよライブですね。場所は何とほるる。

A:はい、そうなんです。実は1210日に新しいアルバム「十中八九 弐」もリリースします。最初は2018年新春リリースとか言ってたんですけど、12月にできそうです。で、いわきでは1123日から先行リリースします。ライブ会場でも販売する予定です。

 

Q:神出鬼没系エンターテイメントバンドというだけあって、十中八九はライブも面白いですね。パフォーマンスはもちろんですが、場所の神出鬼没感がすごい。去年はお寺(菩提院)でやりました。今年はほるるです。

A:実は、あんまり狙ってやってるわけではないんですけどね。それこそ30人以上いるので、普段のライブに全員が集まれる機会がほとんどないんです。全員揃ったこと今までないんじゃないかって言う感じなんです。逆に言えば、少人数でもできるんですが。で、「年に1回ぐらいはみんなで集まってライブしよう」と。1回は主催イベントで、完全ワンマンでやろうと。なるべく大人数でやるというのを目指しています。それが一昨年はTHE QUEENさん。去年は菩提院。で、今年はほるる。まさにほるるの1階展示室、マメンチサウルスの下でやります。

 

忙しい合間を縫ってインタビューに応えて頂いたユアサさん。

 

Q:ここは本当にかっこいい場所ですよね。とても楽しみです。

A:そうですね。私は美術担当なので、映像どうやって流すか考え中なんですけど、映像を当てられるところがないんですよね(笑)化石にプロジェクションマップリングなのか?本当に?とか、いろいろ考えてます。場所については、その他にも「いつかこんなとこでやれるといいね」っていう話はあったりします。アンモナイトセンターとかもあったかな。今回も半分冗談で言ってたんですけど、ちょっとダメ元で言ってみたら、いろんな方々が協力してくれて実現しました。僕ら的には「いよいよ『聖地』でやれる」みたいな感じの気持ちです。メンバーもテンション上がってますね。

 

Q:チケットの売れ行きもすごいですね。結成4年目ですが、お客さんの反応は当初と比べて変化はありますか。

A:そうですね。ほるるライブは追加のチケットも出したんですけど、ありがたいことに、それももう残りわずかみたいです。曲の定着感は出てきたのかなあと思ってます。僕らは、ファーストアルバム売らなきゃいけない時も新曲やっちゃったりしてたようなバンドなんで(笑)今回のほるるの反応はすごくよかったです。レコ発も兼ねているし、会場も会場だし。ほるるの力が8割くらいでしょうけど。

 

Q:いやいやいや!そんなことはないでしょう。

A:集客は割と苦労はしてる方ですよ(笑)人数が多いんで、1人が3人連れてきたらそれなりに人数が集まりますけど。それでもありがたいことに、結構毎回来て下さるお客さんとかもいらっしゃったりとか、結構熱心なお客さんは増えました。自分たちでも一般受けする感じの曲でもないと思ってるんですけど、そんな中でも気に入ってくださって、来ていただけるのはありがたいです。

 

十中八九の圧巻のパフォーマンス。

 

—2ndアルバム「十中八九弐」について。

 

Q:今回のアルバムについてはどうでしょうか。

A:今回のセカンド作るときは、最初20曲?いや30曲近くありましたかね。オリジナルがバンバンできちゃうのが十中八九なんですけど。できすぎて、ちょっと作るのやめようかみたいな感じになりました(笑)11個のクオリティーを高められないので。今回2枚目をレコーディングする前にプロデューサーの不破大輔さんが「他の人のエッセンスも入れたい」ということで「新曲作る大会」をやったりとかもしました。そこから絞りに絞って、11曲。漏れた曲はまた別の機会で出そうかみたいな話になっています。

 

Q:今回もジャズっぽいサウンドになるんでしょうか。

A:十中八九はかっこよく言うとジャズなんですが、J-Popのようなところもあって。一応ジャズという言い方はしているんですけど、いわゆるジャズバンドではないよねって。そういう意味では、今回は1枚目よりポップ色が強いかもしれないですね。不破さんも「良くも悪くも十中八九っぽくまとまってきたね」と言っていました。「きれいにまとまりすぎじゃないか」って言う声もあったりとかするんですけど。

 

十中八九のメンバーの皆さん。実に多様なメンバーで構成されています。

 

Q:そして30曲って。曲ってそんなにすぐできるんですか。

A:当初から作詞作曲ができるメンバーが何人かいたので、かなり初期の段階からオリジナル曲をやっていくバンドでした。ボーカルギターの織内竜生さんはソロアルバムも11月にリリースします。名義的には「ORITEA&十中八九ァーズ」というバンドで、ORITEAのソロに、十中八九メンバーとゲストが乗っかるみたいな構成です。こちらは実質、十中八九の1.5枚目みたいなイメージです。

 

Q:そもそも十中八九って何ですか?バンドのイメージですけど、七夕飾り作ったり、ダンサーもいたりします。

A:僕たちはバンドっていう言い方をしています。バンドなので、音楽中心なんではありますが、音楽チーム、ダンスチーム、美術チームの3構成です。基本的にはライブパフォーマンスの中で、演奏もするし、ダンサーが踊ったりするし、美術チームがオブジェで舞台装飾的なことをやったり、映像流したり、あるいはそこで描いたりとか。ごちゃまぜですね。僕自身も、ライブペインティングみたいなことやりますし、手元で描いている絵を大きく映し出したりというようなことをやったりとかもしています。

 

Q:それぞれのチームがあるけど、全部含めてバンドなんですね。

A:そうです。

 

Q:どういう成り立ちなんですか。

A:もともとは、渋さ知らズという大所帯のバンドがありまして、これが僕らの師匠です。その代表の不破大輔さん。彼が十中八九の「ダンドリスト」です。その渋さ知らズが2013年の初夏にアリオスでワークショップ(いわきアリオス5周年大感謝祭「渋さ知らズ大オーケストラワークショップ」)をしたんですね。その時、僕はまだ参加してなかったので、ワークショップの中身とか、ライブの模様とかは詳しくは分かんないんですけど。その時のワークショップは、音楽を組み立てていくのと、オブジェを作ったり、ダンスパフォーマンスやったりとかっていう3日間だったそうです。3日目の最後にお披露目をして、渋さ知らズのステージの中で、ライブをやると。その後、その流れでいわき駅前で演奏しながら練り歩くパレードもやったりして。それで結構評判が良かったんです。

 

Q:アリオスのワークショップが始まりなんですね。

A:そうです。そんな中で、参加メンバーから「何かこれで終わりにするのもったいないね」という声が出ました。今まで、いわきではあまりなかったような形態のバンドだったこともあって「こういう活動を続けていけるといいよね」っていう話になりました。それで、継続しようという話が上がったのは2013年の夏ごろだそうです。その後に、僕は声かけてもらいました。

 

2016年には市内の寺院でライブが開かれました。その時の模様。(Photo:ひづき)

 

Q:活動を継続していこうと。

A:そうです。その年の9月にもう一回渋さ知らズを呼んでライブをやりました。翌20141月にも一緒にライブやって、これがいまの十中八九としてのスタートにあたる「新春旗揚げライブ」となりました。実は、この時のバンド名は「十中八九いわき渋さ()」でした。「私たち、100%ではないけど『十中八九渋さ知らず』だね」みたいな。その打ち上げで「渋さってつけなくていいんじゃね?」っていう話が不破さんからあって、そしたら「十中八九を残すか」と。「仮に渋さ知らズ的なものを目指すとしたら、100%いけないけど十中八九ぐらいは目指せると素敵だよね」と言う気持ちもありつつ、使ってみると意外と便利な言葉だったので、定着しました。それが2014年の頭です。いまメンバーは35人くらいになりました。

 

Q:そんなにいるんですか!?

A:当初は20人くらいからスタートしました。メンバー的にもかなり面白くて、ロックバンドやってた人もいれば、吹奏楽とかブラスバンドとかやってた人もいます。そもそも楽器なんか触ったことないっていう人もいました。そういう人は美術に巻き込んだりとかしています。

 

Q:一方で曲が作れる人もいたんですね。

A:はい。なので、比較的オリジナル曲がたくさんあってほどなくして「アルバム1枚出すか」という話になりました。不破さんにプロデュースをお願いして。今でこそいわきの地域資源みたいなことを言ってるんですけど、実は当時はそういうことは特に意識してませんでした。でも、できた曲を見てみると、そういう曲が結構ありました。草野心平さんの詩に曲をつけたりとか、アンモナイトとかフタバスズキリュウとか。「ブルボンじいちゃん」もある意味地域資源ですね。「いわき結構面白いものあるじゃん」って、曲を作り始めてから感じ始めました。

 

Q:曲を作るに当たって、意識せずともいわきの地域資源ヒットしたっていうのは面白いですね。引っかかるものがあったんでしょうか。

A:あったんだと思います。同時期に美術チームも七夕飾りだったりとか、年末に青年会議所さんとかがやっているイルミネーションの「いわき光のさくらまつり」でフォトブースのオブジェ作ったりとかしていました。そのときも、フタバスズキリュウとか、アンモナイトとか、シーラカンスもありましたね。そういうものを作っていました。アルバムが出来上がる頃になると、オブジェもかなり地域資源を意識して作っていたかなぁと思います。

 

Q:全国で普通にレコード屋さんとかでCDが買えるわけですよね。メンバーの気持ち的にはどういう感じなんでしょう?プロとかアマとか。もしかしたら、そういう分類自体あまり意味がないかもしれないですけども。どういう立ち位置で、どういうモチベーションでやってるんでしょうか。すごく興味があります。

A:僕も改めて聞いたことないですけど、飲み会とかで話してるのを聞いてると、みんな楽しくてやっている感じですね。ガッツリやってる人でも、じゃあ音楽で食っていくかっていうと違うよねという感覚ですね。そっちの方が実は好きなもの作れますからね。それでいて、割といわき市内では多少認知をされてきて、いい意味で異色の存在であるのかなぁと思っています。

 

Q:うまく言えないんですが、そういう形態も含めてすごくいわきっぽいバンドかなぁという感じがします。

A:そうですね。スタートの時は狙っていたわけじゃなく、「地域資源をテーマに」ということではなかった。結果的にはそこが良かったのかなと。セカンドアルバムも全部が全部いわきじゃないんです。半々位ですかね。

 

いわきの出身ではないからこそ感じられる潮目。

 

−創作と「潮目」

 

Q:ユアサさんは、もともといわきが地元ではないんですね。

A:そうですね。僕はもともと鳥取出身で、2000年にいわきに来ました。17年半位いることになります。地元に高校までいたことを考えると、まぁその期間はいるので結構長いですね。就職でこっちに来て、2010年に独立しました。それ以前もイラストとかデザインの仕事を会社員時代も並行してやったりとかして。友達のバンドのフライヤーとか作っていたので、お客さんもいわきに多少いるし、ここでいきなり東京行ってゼロから仕事見つけるのもなぁという感じでいわきに着いちゃった感じです。

 

Q:「潮目」と聞いて、どんな印象がありますか。

A:「潮目」っていう言葉自体は、何というか、知識先行で入ってきたみたいなところがありますね。アクアマリンの潮目の水槽とか。それから「潮目が変わった」みたいな、使われ方もありますね。それによって「豊かな漁場が」みたいなそういうイメージですよね。今回の潮目劇場も、ステートメントとかも読みながら、十中八九自体もある意味、潮目がぶつかり合って混ざり合って、新しいものができているな、と。うちも音楽と美術とダンス混ざり合って何か作っていますし。即興音楽みたいなところもあるので、同じ曲なんだけど毎回構成も違う。おそらくソロも違う。そう考えると、ある意味「メンバー同士が混ざり合ってぶつかり合ってる」みたいなことは起きている。そういう意味では、十中八九の中でもひとつの潮目があるみたいな感じで捉えています。その中でさらに、地域資源をテーマにした曲がある。十中八九と潮目っていうのは割と親和性があるのかなあと思っています。

 

Q:確かに、十中八九はやっていることがぶつかり合いという感じがします。毎回展開も違う。すごく潮目っぽいですね。

A:そうですね。僕的にもしっくりきます。そういうしっくりきている中で、今回のほるるという「聖地」でやります。そういえば以前、草野心平記念文学館では、1回やりました。それは2016年でCD出た後ですけど、そのときは心平さんの詩の朗読会と同時開催っていう、また無茶なイベントでした(笑)高齢の方が多く、詩の朗読を聴いた後で出るという。でも、その時はCDが一番売れました。この時は心平さんのご遺族の方にも、一応お話をさせてもらって「こういう形でライブに使わせていただきたいんですけど」って。そしたら「どうぞ使ってください」みたいな感じで言ってもらえました。

 

Q:これからの十中八九ってどういう感じで考えてますか。

A:前々からちょっと話になっていたのは「県外にもうちょっとアプローチしたいね」という話ですね。1stアルバムの時にあったんですが、震災の話をCDに入れるかどうかで、結構もめたりもしました。最初のワークショップの時も、震災から23年経っていましたが、不破さん自身もいわき、いわゆる被災地に行って何ができるかわからない、自分が行っていいのかわかんないみたいな感じで、結構悩んだと聞いています。ワークショップのオファーが正式にあってからも、悩まれた時期があったようです。そういう流れもあった中で、いわきの曲を出すにあたって、バンド内でも震災の話についてはもめて、最終的には少し載せました。いわきの地域資源中心の曲を作り、いわき中心にライブをやって、市内の人たちにも聞いてもらえるようになったんですが、でも、実は「いわきの面白いものがいっぱいある」っていうの発信する先って、むしろいわきの外かもしれない、と思うようになりました。「東京でレコ発やりたいね」みたいな話はしています。そして「あわよくば何かのテーマ曲にならないかねぇ」なんて事は言ってますけど。

 

聞き手:潮目文化アーカイブ班 木田 修作

 

 

プロフィール:ユアサミズキ(ゆあさ・みずき)
鳥取県出身、福島県いわき市在住のフリーイラストレーター・デザイナー。カワイらしいのからクールなテイストまで、強い線を持ちつつも柔らかい色使いのイラストを得意としています。オリジナル作品では繊細な女性画を手がける一方、雑誌・ポスター・Web・ゲーム・音楽系アートワーク等 メディアを問わず幅広いテイストのイラスト作品で活動中。似顔絵やウェルカムボード、ロゴデザインを含むグラフィックデザインも手がけ、近年では各種イベント会場でのライブペインティングにも力を入れています。